方向だけは合わせる。

一番上から変えるのもひとつの方法だけど、それは組織変革としては弱いと思う。

なぜならば、上が変わったらまた変わるようなものは、また次に上が変わったらすぐに流されるだろうから。

やはり現場から変わってゆかないと、本当の意味で文化は育たない。いや文化というよりは「人」なのかな。

 

僕らはベクトルの向かう先、もっと遠くにある未来の景色を良くしたいと考えているけど、

行政の人はずっと手前にあるすぐ近くの場所、やりましたという「事業報告書」を書くことが目的だ。

僕らにとっては手段であり通過点でしかない場所が、彼らにとってはゴールだ。つまり何か同じ事業に取り組んだとしても立場が違えばゴール設定が違う。

 

そして当事者が関わらない限りは「報告書まで」の事業ばかりが繰り出されてしまう・・・

正直それは萎えるけど、職業的にそこより向こうに向かうのは無理で、求めるのも違うとわかってきた。

藍に関わる仕事をしない限りは、未来の景色を変えることはできないから。

 

やらなきゃいけないことは、先ず行政だけで行先を決めるとトンチンカンな方向へと向かってしまうから、その設定に僕らが深く関わるべきで「ベクトルが向かう方向だけは合わせる」ことだ。

あとは予算という燃料を積んだら出発するけど、彼らは報告書駅で途中下車して、僕らはその先の景色を担う。

その時に「お世話になりました、この先は任せてください」と、しっかり握手して見送ってもらえる関係を作りたい。

 

 


県庁職員のいう「舵取り」ってどういうことだろう?船に乗ってるイメージ?行き場所間違えても責任を取らない立場の人が何故「舵取り」なんて言えるのだろう?

 

勝手に明後日の方向へ向かって「文化を担ってる」みたいな偉そうな顔するのは間違ってるし、いくら怖いからといって何度も電話をしているのに、連絡をしてこないことも間違っている。このような職員の対応がまかり通り、悪しき前例を作ることを県はどのように考えているのだろうか?

そんな人が新しいホールに関わるなどやめて欲しい。ホールは久美さんが最後まで気にかけていた施設だから。


県が裁判を控えていることなど僕らには関係ないことだ。

その行動はいつか自分に返ってくるだろう。